第 2 回 移動平均型時系列モデル
ペアトレードの数理と実践
前回は「弱定常であれば平均回帰する」という事実(Woldの分解定理)を、説明抜きで持ち出しました。今回この重要な結論の直観的な理解を助けるために、理論のベースとなる移動平均型時系列モデル \(MA(q)\) を登場させます。そして \(MA(1) ➔ MA(q) ➔ MA(\infty )\) と段階を踏んでモデルを拡張していくことで、「なぜ過去のショックが消え、平均に戻るのか」という物理的なメカニズムを可視化していこうと思います。
今回は数式が多いです。煩雑に思える場合はスキップして第3回へお進みください。
1.移動平均型モデル
「弱定常な時系列は平均回帰性を持つ」という数学的性質の背景には、「過去に発生したランダムなショックの影響が、時間の経過とともに消滅していく」という物理的なメカニズムが存在します。
このメカニズムを直感的に理解するために、時系列が記憶を持つ仕組みを \(MA(1)\) から \(MA(\infty)\)(Woldの分解定理) へと段階的に拡張しながら解説します。
1.1. ホワイトノイズ:記憶を持たない純粋なランダム変動
平均回帰を理解する出発点は、まったく記憶を持たない純粋なランダム変動、すなわちホワイトノイズ \(\{\epsilon_t\}\) です。これは次の3つの条件を満たす弱定常時系列として定義されます。
- 期待値がゼロである。 \(E[\epsilon_t] = 0\)
- 分散が時間によらず一定である。 \(Var(\epsilon_t) = \sigma^2\)
- 二時点間の自己共分散が時点に依存せず常にゼロ。\(Cov(\epsilon_t, \epsilon_s) = 0 \quad (t \neq s)\)
ホワイトノイズの世界では、現在の値がいくら大きくても、次の瞬間には過去の影響が完全にリセットされます。この性質は条件付き期待値を用いて次のように表現することができます。
\[
E[\epsilon_{t+1} \mid \epsilon_t, \epsilon_{t-1}, \dots] = 0
\]
これは「記憶を持たない即時平均回帰」のプロセスです。
1.2. \(MA(1)\)モデル:1 期だけ記憶が残る世界
現実の経済や市場では、今日起きたショック(ニュースや災害など)の影響は明日にも残ります。これを表現する最もシンプルなモデルが 1 次移動平均モデル、\(MA(1)\) です。
時系列 \(Y_t\)が、現在のショック \(\epsilon_t\) と、1 期前のショック \(\epsilon_{t-1}\) の線形結合で表されると仮定します。すなわち 定数\(\mu\) と、パラメータ \(\theta_1\) によって以下のように表現できるとします。
\[
Y_t – \mu = \epsilon_t + \theta_1 \epsilon_{t-1}
\]
記憶の寿命と平均回帰
このとき、時刻 t までの利用可能な情報 \(\mathcal{F}_t\) の下での\(Y_{t+1}\) の条件付き期待値を考えると、以下の性質を導くことができます。
「1 期先ではショックの影響が伝搬する」
\[
E[Y_{t+1} \mid \mathcal{F}_t] = \mu + \theta_1 \epsilon_t
\]
しかし 「2 期先以降ではショックの影響は伝播しない」
\[
E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = \mu \quad (\text{for all } k \geq 2)
\]
【解説】「 1 期先ではショックの影響が伝搬する」
まず、\(MA(1)\)モデルにおける「 1 期先(\(t+1\))」の式を書き下します。
\[
Y_{t+1} = \mu + \epsilon_{t+1} + \theta_1 \epsilon_t
\]
この両辺に、条件付き期待値 \(E[\,\cdot \mid \mathcal{F}_t]\) を適用します。期待値の線形性より、3つの項に分解できます。
\[
E[Y_{t+1} \mid \mathcal{F}_t] = E[\mu \mid \mathcal{F}_t] + E[\epsilon_{t+1} \mid \mathcal{F}_t] + E[\theta_1 \epsilon_t \mid \mathcal{F}_t]
\]
各項を評価します。
第 1 項 \(E[\mu \mid \mathcal{F}_t]\) : \(\mu\) は定数なので外に出せます。
第 2 項 \(E[\epsilon_{t+1} \mid \mathcal{F}_t]\) : \(\epsilon_{t+1}\) は未来のホワイトノイズです。現時点の情報 \(\mathcal{F}_t\) とは独立のため、期待値は \(0\) です。
第 3 項 \(E[\theta_1 \epsilon_t \mid \mathcal{F}_t]\) : \(\epsilon_t\) は「現在(時刻 \(t\))のショック」です。情報集合 \(\mathcal{F}_t\) にすでに記録されている確定値であるため、期待値の計算から外へ出ます。
これらを足し合わせることで、1つ目の式が導かれます。
\[
E[Y_{t+1} \mid \mathcal{F}_t] = \mu + 0 + \theta_1 \epsilon_t = \mu +
\theta_1 \epsilon_t
\]
【解説】「 2 期先以降ではショックの影響は伝播しない」
次に、さらに未来である「\(k\)期先(ただし \(k \geq 2\))」の式を書き下します。
\[
Y_{t+k} = \mu + \epsilon_{t+k} + \theta_1 \epsilon_{t+k-1}
\]
先ほどと同様に、現在(時刻 \(t\))の情報 \( \mathcal{F}_t \) で条件付き期待値をとります。
\[
E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = E[\mu \mid \mathcal{F}_t] +
E[\epsilon_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] + E[\theta_1 \epsilon_{t+k-1} \mid \mathcal{F}_t]
\]
各項を評価します。
第 1 項 \(E[\mu \mid \mathcal{F}_t]\) : 定数なので \(\mu\) です。
第 2 項、第 3 項は未来のショックです。現時点の情報 \(\mathcal{F}_t\) とは独立なので期待値は ともに\(0\) になります。
これらを足し合わせることで、2つ目の式が導かれます。
\[
E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = \mu + 0 + 0 = \mu
\]
つまり、\(MA(1)\) モデルとは「ショックの影響が 1 期だけ残るが、2 期先以降の予測値(条件付き期待値)が完全に長期平均 \(\mu\) に一致する構造を持った時系列です」
1.3. \(MA(q)\)モデル:有限期間で消え去るショック
ショックの影響が数期間にわたってじわじわと波及する現象を表現するために、記憶の枠組みを \(q\) 期前まで拡張したのが \(q\) 次移動平均モデル、\(MA(q)\) です。
\[
Y_t \;- \mu \; = \epsilon_t + \theta_1 \epsilon_{t-1} + \theta_2
\epsilon_{t-2} + \dots + \theta_q \epsilon_{t-q}
\]
実世界において、このモデルは非常に重要です。例えば、「工場が被災してから復旧(サプライチェーンの正常化)までに \(q\) ヶ月かかる」という場合、その被災というショック(\(\epsilon_t\))は、\(q\) ヶ月間にわたって生産データに悪影響を与え続けます。
しかし、\(q\) ヶ月が経過して工場が完全に復旧すれば、そのショックの影響はゼロになります。 数学的には、\(q+1\) 期以降の未来を予測する期待値は平均 \(\mu\) に一致します。これをショックのカットオフ(Cut-off)特性と呼びます。
\[
E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = \mu \quad (\text{for all } k > q)
\]
\(MA(q)\) モデルの重要性は、「ショックの影響期間(記憶の寿命)が \(q\) という有限な時間内に限定されており、それを超えると確実に平均へ回帰する」というプロセスを直感的に視覚化できる点にあります。
2. \(MA(\infty)\)モデルとWoldの分解定理:減衰する影響の一般化
現実の世界では、「\(q\) 期でパタッと影響がゼロになる」という境界は稀です。多くの現象では、ショックの影響は「時間の経過とともに、じわじわと無限に小さくなっていく(減衰していく)」はずです。
そこで、記憶の寿命 \(q\) を無限大(\(\infty\))に飛ばした極限の形を考えます。これが \(MA(\infty)\) モデル です。\(\theta\) の代わりに慣用的に用いられるギリシャ文字 \(\psi\) を使うと以下のように表現されます。
\[
Y_t \; – \; \mu \; = \; \sum_{j=0}^{\infty} \psi_j \epsilon_{t-j} \quad (\psi_0 = 1)
\]
2.1. 弱定常性と「平方和可能」の条件
有限次の \(MA(q)\) モデルは常に定常ですが、無限次の \(MA(\infty)\) モデルを考える場合、まずそもそもこの次数 \(q \rightarrow \infty\) のモデルが確率過程としてうまく定義できるのか問わなければなりません。それに対しては平均二乗収束の意味での極限として定義するとうまく行く、というのが答えです。
平均二乗収束に関するメモ
確率変数列 \(X_n\) (\(n=1, 2, \dots\))および確率変数 \(X\) があるとき、任意の \(n\) に対して期待値 \(E[X_n^2] < \infty, E[X^2] < \infty\) であるとします。
このとき、以下の極限が成り立つ場合、\(X_n\) は \(X\) に平均二乗収束するといい、L.I.M.(Limit in the mean)を用いて表します。
$$\lim_{n \to \infty} E[\vert{}X_n – X\vert{}^2] = 0$$
また、これを以下のように記述することもあります。
$$\text{l.i.m.}_{n\to\infty} X_n = X$$
直感的な意味
通常の関数の収束とは異なり、確率変数は結果がランダムに変動します。「ある値に確定して近づく」のではなく、「その確率変数のズレ(誤差)の2乗の平均が、限りなく \(0\) に近づく」ことを示しています。
他の収束概念との関係
確率変数の収束にはいくつかの強さがあり、平均二乗収束は比較的「強い」条件に分類されます。主な関係性は以下の通りです。
– 平均二乗収束 \(\Rightarrow\) 確率収束 \(\Rightarrow\) 分布収束
平均二乗収束する確率変数列は、必ず確率収束します(参考:株式投資で学ぶ数理的手法 補足説明)。しかし、その逆は必ずしも成り立ちません(例:滅多に起きない外れ値が非常に大きな値をとる場合など)。
この「無限の過去からのショックの積み重ね」が、数学的に無限大に発散せず、意味のある有限な値(時系列)として存在するための必要十分条件こそが、係数列の平方和可能条件です。これを整理した形で表現すると以下のように表すことができます。
ホワイトノイズの無限次移動平均過程 \(MA(\infty)\) が平均二乗収束の意味で弱定常確率過程として定義できるための必要十分条件は、係数の平方和が有限となることである。
$$\sum_{j=0}^{\infty} \psi_j^2 < \infty$$
これが何を意味するかというと、「どれほど強烈なショック \(\epsilon_t\) であっても、はるか未来(\(t+k\))におけるその影響度 \(\psi_k\)
は必ずゼロに向かう」ということです。
実際、無限の未来における条件付き期待値を計算すると、
\[
\lim_{k \to \infty} E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = \mu
\]
となり、過去のあらゆるショックの残響が消え失せ、時系列が確実に平均 \(\mu\) に収束(平均回帰)することが証明されます。
【解説】
まず、時刻 \(t\) までの情報集合(履歴)を \(\mathcal{F}_t = \{\epsilon_t, \epsilon_{t-1}, \epsilon_{t-2}, \dots\}\) とします。
ホワイトノイズ\(\epsilon_t\) の性質から、条件付き期待値について以下が成り立つことを思い出します。
1. 未来のショック (\(m > t\)): 予測不可能であるため、\(E[\epsilon_m \mid \mathcal{F}_t] = 0\)
2. 過去・現在のショック (\(m \leq t\)): すでに既知(可測)であるため、\(E[\epsilon_m \mid \mathcal{F}_t] = \epsilon_m\)
未来の時点 \(t+k\) (\(k > 0\)) におけるモデルの式を書き下します。
$$Y_{t+k} – \mu = \sum_{j=0}^{\infty} \psi_j \epsilon_{t+k-j}$$
この無限和を、「時刻 \(t\) より未来のショック」(\(j < k\) の項)と、「時刻 \(t\) 以前の過去・現在のショック」(\(j \geq k\) の項)の2つに分解します。
$$Y_{t+k} – \mu = \sum_{j=0}^{k-1} \psi_j \epsilon_{t+k-j} + \sum_{j=k}^{\infty} \psi_j \epsilon_{t+k-j}$$
ここで、後半の第2項について \(i = j – k\) と変数変換すると、以下のようにスッキリした形になります。
$$Y_{t+k} – \mu = \underbrace{\sum_{j=0}^{k-1} \psi_j \epsilon_{t+k-j}}_{\text{未来のショック}} + \underbrace{\sum_{i=0}^{\infty} \psi_{k+i} \epsilon_{t-i}}_{\text{過去・現在のショック}}$$
両辺の \(\mathcal{F}_t\) のもとでの条件付き期待値をとります(\(\mu\) は定数なのでそのままです)。
$$E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] – \mu = E\left[ \sum_{j=0}^{k-1} \psi_j \epsilon_{t+k-j} \;\middle\vert{}\; \mathcal{F}_t \right] + E\left[ \sum_{i=0}^{\infty} \psi_{k+i} \epsilon_{t-i} \;\middle\vert{}\; \mathcal{F}_t \right]$$
先ほどのルールを適用します。
* 第 1 項(未来のショック): すべての項で添え字が \(t\) より大きいため、期待値は \(0\) になります。
* 第 2 項(過去のショック): すべて \(\mathcal{F}_t\) に含まれる既知の値なので、期待値の記号が外れます。
したがって、以下のようになります。
$$E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] – \mu = \sum_{i=0}^{\infty} \psi_{k+i} \epsilon_{t-i}$$
最後に、予測ステップ \(k\) を無限大に飛ばしたときの収束性を判定します。
この条件付き期待値の平均二乗誤差(分散)を計算してみます。
$$E\left[ \left( E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] – \mu \right)^2 \right] = E\left[ \left( \sum_{i=0}^{\infty} \psi_{k+i} \epsilon_{t-i} \right)^2 \right]$$
ホワイトノイズは互いに無相関(\(E[\epsilon_t \epsilon_s] = 0 \ (t \neq s)\))であり、分散は \(E[\epsilon_t^2] = \sigma^2\) なので、クロス項が消えて次のように整理できます。
$$= \sigma^2 \sum_{i=0}^{\infty} \psi_{k+i}^2 = \sigma^2 \sum_{j=k}^{\infty} \psi_j^2$$
ここで、平方和可能性(\(\sum_{j=0}^{\infty} \psi_j^2 < \infty\))により級数のテールは、無限遠で \(0\) に収束する、すなわち、
$$\lim_{k \to \infty} \sum_{j=k}^{\infty} \psi_j^2 = 0$$
となります。分散が \(0\) に収束するため、平均二乗収束(および確率収束)の定義から、
$$\lim_{k \to \infty} \left( E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] – \mu \right) = 0$$
$$ \lim_{k \to \infty} {E[Y_{t+k} \mid \mathcal{F}_t] = \mu}$$
そしてさらに、弱定常時系列の非決定的成分が有するエルゴード性により、私たちの直観になじみやすい平均回帰時間の有限性も成り立ちます。実際平均回帰時間の見積方、実データでの検証に関心をお持ちの方は筆者の別記事を参照ください(「株式投資で学ぶ数理的手法 第6章」)。
2.2. <参考> AR(自己回帰)モデルとの繋がり
「過去のショックの和」で表現される \(MA(\infty)\) プロセスは、特定の条件(反転可能性)を満たすとき、過去の自身の値の和、すなわち「無限次のARモデル( \(AR(\infty)\) )」へと書き換えることができます。これをさらに有限次で近似したものが \(AR(p)\) モデルです。
つまり、私たちが実務で何気なく使っているARモデルやMAモデルは、「Woldの分解定理が保証してくれている定常時系列の表現能力を、扱いやすいサイズに切り取ったもの」に他なりません。
3. ペアトレードにおける「定常性」の真意
ここで改めて、ペアトレードの文脈に戻りましょう。
一見ランダムウォーク(非定常)する2つの資産 \(A_t\) と \(B_t\) があるとき、適切な係数 \(\beta\) を用いて以下のスプレッド \(S_t\) を作ることができたとします。
\[
S_t = A_t – \beta \, B_t
\]
もし、この \(S_t\) が「弱定常」であるならば、先ほどのWoldの分解定理がそのまま適用できます。そして、ペアトレードの常識的な取引期間のなかでは決定的成分は定数(長期的な平均水準 \(\mu\) )と想定します。従ってスプレッドは以下のように記述されます。
\[
S_t = \mu + \sum_{j=0}^{\infty} \psi_j \varepsilon_{t-j}
\]
この数式が意味するものは強力です。 市場に突発的なショック( \(\varepsilon_t\) )が起き、スプレッドが一時的に大きく拡大したとしても、係数 \(\psi_j\) の性質によって、過去のショックの影響は時間の経過とともに必ずゼロに向かって減衰していきます。

このイメージが、直感的に語られがちな「平均回帰(Mean Reversion)」の、数理的観点から見た姿です。スプレッドが拡大したときに取引を仕掛けるという戦略は、「Woldの分解定理における非決定的成分の減衰プロセス(消滅)」に賭けていることと同義なのです。
対数株価を使う
上述の資産価格を今回目的とする株式投資へ応用する場合、スプレッドを生株価で構成するか、対数株価で構成するか選択肢があります。次回紹介する検定技法自体は生でも対数でも機能しますが、金融系データ分析では数理的な取り扱いやすさにより、生株価ではなく対数株価、対数収益率を使用することが一般的です。
$$S_t = \log(A_t) – \beta \log(B_t)$$
4. まとめと次回予告
今回は、弱定常時系列が持つ数理構造と、それがスプレッドの平均回帰性をいかに担保しているかを示しました。
しかし、現実の金融市場において、単体の資産価格が最初から定常であることはほぼありません。では、非定常なデータからどのようにしてこの「定常の世界(スプレッド)」を見つけ出すのか?
次回(第3回)は、株価時系列に対する「単位根テスト」と「共和分(Cointegration)」、そして二つの銘柄ペアの価格乖離からの修正速度をモデル化する「ベクトル誤差修正モデル(VECM)」を導入します。この一連の概念は数理的な根拠に基づくペアトレードを支える手法と言えます。
前回:第 1 回 導入編 次回:第 3 回 ペア探索の実践